やうや》の家鴨《あひる》を射殺《ゐころ》して、辛《から》き目《め》に出逢《であ》つた話《はなし》や、春季《はる》の大運動會《だいうんどうくわい》に、彼《かれ》と私《わたくし》とはおの/\級《くみ》の撰手《チヤンピオン》となつて、必死《ひつし》に優勝旗《チヤンピオンフラグ》を爭《あらそ》つた事《こと》や、其他《そのほか》さま/″\の懷舊談《くわいきうだん》も出《で》て、時《とき》の移《うつ》るのも知《し》らなかつたが、ふと氣付《きづ》くと、當家《このや》の模樣《もやう》が何《なに》となく忙《いそ》がし相《さう》で、四邊《あたり》の部室《へや》では甲乙《たれかれ》の語《かた》り合《あ》ふ聲《こゑ》喧《かまびす》しく、廊下《ろうか》を走《はし》る人《ひと》の足音《あしおと》もたゞならず速《はや》い、濱島《はまじま》は昔《むかし》から極《ご》く沈着《ちんちやく》な人《ひと》で、何事《なにごと》にも平然《へいぜん》と構《かま》へて居《を》るから夫《それ》とは分《わか》らぬが、今《いま》珈琲《カツヒー》を運《はこ》んで來《き》た小間使《こまづかひ》の顏《かほ》にも其《その》忙《いそ》がしさが見《み》へるので、若《も》しや、今日《けふ》は不時《ふじ》の混雜中《こんざつちう》ではあるまいかと氣付《きづ》いたから、私《わたくし》は急《きふ》に顏《かほ》を上《あ》げ
『何《なに》かお急《いそ》がしいのではありませんか。』と問《と》ひかけた。
『イヤ、イヤ、决《けつ》して御心配《ごしんぱい》なく。』と彼《かれ》は此時《このとき》珈琲《カツヒー》を一口《ひとくち》飮《の》んだが、悠々《ゆう/\》と鼻髯《びぜん》を捻《ひね》りながら
『何《なに》ね、實《じつ》は旅立《たびだ》つ者《もの》があるので。』
オヤ、何人《どなた》が何處《どこ》へと、私《わたくし》が問《と》はんとするより先《さき》に彼《かれ》は口《くち》を開《ひら》いた。
『時《とき》に柳川君《やながはくん》、君《きみ》は當分《たうぶん》此《この》港《みなと》に御滯在《おとまり》でせうねえ、それから、西班牙《イスパニヤ》の方《はう》へでもお廻《まは》りですか、それとも、更《さら》に歩《ほ》を進《すゝ》めて、亞弗利加《アフリカ》探險《たんけん》とでもお出掛《でか》けですか。』
『アハヽヽヽ。』と私《わたくし》は頭《つむり》を掻《か》いた。
『つい昔話《むかしばなし》の面白《おもしろ》さに申遲《まうしおく》れたが、實《じつ》は早急《さつきふ》なのですよ、今夜《こんや》十一|時《じ》半《はん》の※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》で日本《くに》へ皈《かへ》る一方《いつぱう》なんです。』
『えい、君《きみ》も?。』と彼《かれ》は眼《め》を見張《みは》つて。
『矢張《やはり》今夜《こんや》十一|時《じ》半《はん》出帆《しゆつぱん》の弦月丸《げんげつまる》で?。』
『左樣《さやう》、殘念《ざんねん》ながら、西班牙《イスパニヤ》や、亞弗利加《アフリカ》の方《はう》は今度《こんど》は斷念《だんねん》しました。』と、私《わたくし》がキツパリと答《こた》へると、彼《かれ》はポンと膝《ひざ》を叩《たゝ》いて
『やあ、奇妙《きめう》々々。』
何《なに》が奇妙《きめう》なのだと私《わたくし》の審《いぶか》る顏《かほ》を眺《なが》めつゝ、彼《かれ》は言《ことば》をつゞけた。
『何《な》んと奇妙《きめう》ではありませんか、これ等《ら》が天《てん》の紹介《ひきあはせ》とでも云《い》ふものでせう、實《じつ》は私《わたくし》の妻子《さいし》も、今夜《こんや》の弦月丸《げんげつまる》で日本《につぽん》へ皈國《かへり》ますので。』
『え、君《きみ》の細君《さいくん》と御子息《ごしそく》※[#疑問符感嘆符、1−8−77]』と私《わたくし》は意外《いぐわい》に※[#「口+斗」、8−11]《さけ》んだ。十|年《ねん》も相《あひ》見《み》ぬ間《あひだ》に、彼《かれ》に妻子《さいし》の出來《でき》た事《こと》は何《なに》も不思議《ふしぎ》はないが、實《じつ》は今《いま》の今《いま》まで知《し》らなんだ、况《いは》んや其人《そのひと》が今《いま》本國《ほんごく》へ皈《かへ》るなどゝは全《まつた》く寢耳《ねみゝ》に水《みづ》だ。
濱島《はまじま》は聲《こゑ》高《たか》く笑《わら》つて
『はゝゝゝゝ。君《きみ》はまだ私《わたくし》の妻子《さいし》を御存《ごぞん》じなかつたのでしたね。これは失敬《しつけい》々々。』と急《いそが》はしく呼鈴《よびりん》を鳴《な》らして、入《いり》來《きた》つた小間使《こまづかひ》に
『あのね、奧《おく》さんに珍《めづ》らしいお客樣《きやくさま》が……。』と言《い》つたまゝ私《わたくし》の方《はう》
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