《わたくし》は辛《からう》じて其《その》燈光《ひかり》の主體《ぬし》を認《みと》め得《え》た途端《とたん》、またもや射出《ゐいだ》す彼船《かのふね》の探海電燈《サーチライト》、其邊《そのへん》は。パツ[#「パツ」に傍点]と明《あか》るくなる、私《わたくし》は一見《いつけん》して卒倒《そつたう》するばかりに愕《おどろ》き叫《さけ》んだよ
『海蛇丸《かいだまる》※[#感嘆符三つ、95−12] 海蛇丸《かいだまる》※[#感嘆符三つ、95−12]』と。
讀者《どくしや》諸君《しよくん》は未《ま》だ御記臆《ごきおく》だらう。我《わ》が弦月丸《げんげつまる》が將《まさ》に子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]港《かう》を出發《しゆつぱつ》せんとした時《とき》、何故《なにゆゑ》ともなく深《ふか》く私《わたくし》の眼《まなこ》に留《とゞま》つた一隻《いつさう》の怪《あやし》の船《ふね》を。噸數《とんすう》一千|噸《とん》位《くらゐ》、二本《にほん》烟筒《えんとつ》に二本《にほん》檣《マスト》、其《その》下甲板《げかんぱん》には大砲《たいほう》小銃等《せうじうとう》を積《つ》めるにやあらん。審《いぶ》かしき迄《まで》船脚《ふなあし》の深《ふか》く沈《しづ》んで見《み》えた其《その》船《ふね》が、今《いま》や闇黒《あんこく》なる波浪《なみ》の上《うへ》に朦朧《ぼんやり》と認《みと》められたのである。
『紛《まぎら》ふ方《かた》なき海蛇丸《かいだまる》※[#感嘆符三つ、96−6]』と私《わたくし》は再《ふたゝ》び叫《さけ》んだ。あゝ、海蛇丸《かいだまる》は前《さき》には子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]港《かう》にていと奇怪《あや》しき擧動《ふるまひ》をなし、其時《そのとき》、我《わ》が弦月丸《げんげつまる》よりは數分《すうふん》前《まへ》に港《みなと》を發《はつ》して、かくも迅速《じんそく》なる速力《そくりよく》を有《も》てるにも拘《かゝは》らず、今《いま》や却《かへつ》て我《わ》が船《ふね》の後《あと》を追《お》ふて來《く》るとは、之《これ》が單《たん》に、偶然《ぐうぜん》の出來事《できごと》とのみ言《い》はれやうか? ? ?
然《しか》るに此時《このとき》まで、海蛇丸《かいだまる》は別《べつ》に害意《がいゐ》ありとも見《み》えず、たゞ其《その》甲板《かんぱん》からは絶《た》えず[#「絶《た》えず」は底本では「絶《た》えす」]探海電燈《サーチライト》の閃光《ひかり》を射出《しやしゆつ》して、或《あるひ》は天空《てんくう》を照《てら》し、或《あるひ》は其《その》光《ひかり》を此方《こなた》に向《む》け、又《また》は海上《かいじやう》の地理《ちり》形况等《けいけうとう》を探《さぐ》るにやあらん、我《わ》が弦月丸《げんげつまる》が指《さ》して行《ゆ》く航路《かうろ》の海波《なみ》を照《てら》しつゝ、ずん/″\と前方《かなた》に駛《はし》り去《さ》つた。本船《ほんせん》は今《いま》は却《かへつ》て其《その》後《あと》を追《お》ふのである。
稍《や》や十|分《ぷん》も※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、97−4]《す》ぎたと思《おも》ふ頃《ころ》二船《にせん》の間《あひだ》は餘程《よほど》距《へだ》たつた。私《わたくし》は思《おも》はず一息《ひといき》ついた、『矢張《やはり》無益《むえき》の心配《しんぱい》であつたか』と少《すこ》しく胸《むね》撫《な》でおろす、其時《そのとき》、私《わたくし》はふと[#「ふと」に傍点]心付《こゝろつ》いたよ、先刻《せんこく》までは極《きは》めて動搖《ゆるぎ》平穩《おだやか》であつた我《わ》が弦月丸《げんげつまる》は何時《いつ》の間《ま》にか甲板《かんぱん》も傾《かたむ》くばかり激《はげ》しき動搖《ゆるぎ》を感《かん》じて居《を》るのであつた。眺《なが》めると闇黒《あんこく》なる右舷《うげん》左舷《さげん》の海上《かいじやう》は尋常《たゞ》ならず浪《なみ》荒《あら》く、白馬《はくば》の如《ごと》き立浪《たつなみ》の跳《をど》るのも見《み》える。印度洋《インドやう》とて千尋《せんじん》の水深《ふかさ》ばかりではない、斯《か》く立浪《たつなみ》の騷《さわ》いで居《を》るのは、確《たしか》に其邊《そのへん》に大暗礁《だいあんせう》の横《よこたは》つて居《を》るとか、今《いま》しも我《わ》が弦月丸《げんげつまる》の進航《しんかう》しつゝある航路《かうろ》の底《そこ》は一面《いちめん》の大海礁《だいかいせう》で蔽《おほ》はれて居《お》るのであらう。
大暗礁《だいあんせう》! 大海礁《だいかいせう》! たとへ船《ふね》を坐礁《のりあげ》る程《ほど》でなくとも、此邊《このへん》の海底《かいてい》の淺《あさ》い事《こと》
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