達《たつ》する限《かぎ》り島嶼《たうしよ》などのあらう筈《はづ》はない、まして約《やく》一|分《ぷん》の間隙《かんげき》をもつて發射《はつしや》する火箭《くわぜん》及《およ》び星火榴彈《せいくわりうだん》は危急存亡《きゝふそんぼう》を告《つ》ぐる難破船《なんぱせん》の夜間信號《やかんしんがう》※[#感嘆符三つ、75−11]
『やア、大變《たいへん》だ/\。』と叫《さけ》びつゝ私《わたくし》は本船《ほんせん》の右舷《うげん》左舷《さげん》を眺《なが》めた。船《ふね》には當番《たうばん》水夫《すゐふ》あり。海上《かいじやう》に起《おこ》る千|差萬別《さばんべつ》の事變《じへん》をば一も見遁《みのが》すまじき筈《はづ》の其《その》見張番《みはりばん》は今《いま》や何《なに》をか爲《な》すと見廻《みま》はすと、此時《このとき》右舷《うげん》の當番《たうばん》水夫《すゐふ》は木像《もくざう》の如《ごと》く船首《せんしゆ》の方《かた》に向《むか》つたまゝ、今《いま》の微《かすか》な砲聲《ほうせい》は耳《みゝ》にも入《い》らぬ樣子《やうす》、あらぬ方《かた》を眺《なが》めて居《を》る。左舷《さげん》の當番《たうばん》水夫《すゐふ》は今《いま》や確《たしか》に星火《せいくわ》迸《ほとばし》り、火箭《くわせん》飛《と》ぶ慘憺《さんたん》たる難破船《なんぱせん》の信號《しんがう》を認《みと》めて居《を》るには相違《さうゐ》ないのだが、何故《なぜ》か平然《へいぜん》として動《どう》ずる色《いろ》もなく、籠手《こて》を翳《かざ》して其方《そなた》を眺《なが》めて居《を》るのみ。
『當番《たうばん》水夫《すゐふ》! 何《なに》を茫然《ぼんやり》して居《を》るかツ※[#感嘆符三つ、76−8]』と叫《さけ》んだまゝ、私《わたくし》は身《み》を飜《ひるがへ》して船長室《せんちやうしつ》の方《かた》へ走《はし》つた。勿論《もちろん》、船《ふね》に嚴然《げんぜん》たる規律《きりつ》のある事《こと》は誰《たれ》も知《し》つて居《を》る、たとへ霹靂《へきれき》天空《てんくう》に碎《くだ》けやうとも、數萬《すうまん》の魔神《まじん》が一|時《じ》に海上《かいじやう》に現出《あらは》れやうとも、船員《せんゐん》ならぬ者《もの》が船員《せんゐん》の職權《しよくけん》を侵《おか》して、之《これ》を船長《せんちやう》に報告《ほうこく》するなどは海上《かいじやう》の法則《はふそく》から言《い》つて、到底《たうてい》許《ゆる》す可《べ》からざる事《こと》である。私《わたくし》も其《それ》を知《し》らぬではない、けれど今《いま》は容易《ようゐ》ならざる急變《きふへん》の塲合《ばあひ》である、一|分《ぷん》一|秒《びやう》の遲速《ちそく》は彼方《かなた》難破船《なんぱせん》のためには生死《せいし》の堺界《わかれめ》かも知《し》れぬ、加《くは》ふるに本船《ほんせん》右舷《うげん》の當番《たうばん》水夫《すゐふ》は眼《め》あれども眼無《めな》きが如《ごと》く、左舷《さげん》の當番《たうばん》水夫《すゐふ》は鬼《おに》か蛇《じや》か、知《し》つて知《し》らぬ顏《かほ》の其《その》心《こゝろ》は分《わか》らぬが、今《いま》は瞬間《しゆんかん》も躊躇《ちうちよ》すべき塲合《ばあい》でないと考《かんが》へたので、私《わたくし》は一散《いつさん》に走《はし》つて、船橋《せんけう》の下部《した》なる船長室《せんちやうしつ》の扉《ドーア》を叩《たゝ》いた。
『船長閣下《せんちやうかくか》、起《お》き玉《たま》へ、難破船《なんぱせん》がある! 難破船《なんぱせん》がある!』と叫《さけ》ぶと、此時《このとき》船長《せんちやう》は既《すで》に寢臺《ベツド》の上《うへ》に横《よこたは》つて居《を》つたが、『何《な》んですか。』とばかり澁々《しぶ/\》起上《おきあが》つて扉《ドーア》を開《ひら》いた。私《わたくし》はツト進《すゝ》み入《ゐ》り
『船長閣下《せんちやうかくか》、越權《えつけん》ながら報告《ほうこく》します、本船《ほんせん》左舷《さげん》後方《こうほう》、三|海里《かいり》許《ばかり》距《へだゝ》つた海上《かいじやう》に當《あた》つて一個《いつこ》の難破船《なんぱせん》がありますぞ。』
『難破船《なんぱせん》※[#疑問符感嘆符、1−8−77] あはゝゝゝゝ。』と船長《せんちやう》は大聲《おほごえ》に笑《わら》つた。驚愕《おどろ》くと思《おも》ひきや、彼《かれ》はいと腹立《はらだ》たし氣《げ》に顏《かほ》を顰《しか》めて
『難船《なんせん》? それは何《なん》ですか、本船《ほんせん》には絶《た》えず[#「絶《た》えず」は底本では「絶《た》えす」]海上《かいじやう》を警戒《みは》る當番《たうばん》水夫
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