うけい》は今迄《いまゝで》に幾回《いくくわい》ともなく眺《なが》めたが、今宵《こよひ》はわけて趣味《しゆみ》ある樣《やう》に覺《おぼ》えたので眼《まなこ》も放《はな》たず、それからそれと眺《なが》めて行《ゆ》く内《うち》、ふと眼《め》に止《とま》つた一つの有樣《ありさま》――それは此處《こゝ》から五百|米突《メートル》ばかりの距離《きより》に停泊《ていはく》して居《を》る一|艘《そう》の蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《じようきせん》で、今《いま》某《ぼう》國《こく》軍艦《ぐんかん》からの探海燈《たんかいとう》は其邊《そのへん》を隈《くま》なく照《てら》して居《を》るので、其《その》甲板《かんぱん》の裝置《さうち》なども手《て》に取《と》るやうに見《み》える、此《この》船《ふね》噸數《とんすう》一千|噸《とん》位《くらゐ》、船體《せんたい》は黒色《こくしよく》に塗《ぬ》られて、二本《にほん》煙筒《チム子ー》に二本《にほん》檣《マスト》、軍艦《ぐんかん》でない事《こと》は分《わか》つて居《を》るが、商船《しやうせん》か、郵便船《ゆうびんせん》か、或《あるひ》は他《た》に何等《なにら》かの目的《もくてき》を有《いう》して居《を》る船《ふね》か夫《それ》は分《わか》らない。勿論《もちろん》、外形《ぐわいけい》に現《あらは》れても何《なに》も審《いぶか》しい點《てん》はないが、少《すこ》しく私《わたくし》の眼《め》に異樣《ゐやう》に覺《おぼ》えたのは、總《さう》噸數《とんすう》一千|噸《とん》位《くらゐ》にしては其《その》構造《かうざう》の餘《あま》りに堅固《けんご》らしいのと、また其《その》甲板《かんぱん》の下部《した》には數門《すもん》の大砲等《たいほうなど》の搭載《つみこまれ》て居《を》るのではあるまいか、其《その》船脚《ふなあし》は尋常《じんじやう》ならず深《ふか》く沈《しづ》んで見《み》える。今《いま》や其《その》二本《にほん》の烟筒《えんとう》から盛《さか》んに黒煙《こくえん》を吐《は》いて居《を》るのは既《すで》に出港《しゆつかう》の時刻《じこく》に達《たつ》したのであらう、見《み》る/\船首《せんしゆ》の錨《いかり》は卷揚《まきあ》げられて、徐々《じよ/\》として進航《しんかう》を始《はじ》めた。私《わたくし》は何氣《なにげ》なく衣袋《ポツ
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