ルビの「おそ」は底本では「おる」]る/\搖籃《ゆれかご》から半身《はんしん》を現《あら》はして下界《げかい》を見《み》ると、今《いま》は何處《いづこ》の空《そら》に吹流《ふきなが》されたものやら、西《にし》も東《ひがし》も方角《ほうがく》さへ分《わか》らぬ程《ほど》だが、身《み》は矢張《やはり》渺々《べう/\》たる大海原《おほうなばら》の天空《てんくう》に飛揚《ひやう》して居《を》るのであつた。此處《こゝ》は地球上《ちきゆうじやう》の何《いづ》れの邊《へん》に當《あた》つて居《を》るだらうと、二人《ふたり》は首《くび》を捻《ひね》つて見《み》たが少《すこ》しも分《わか》らない。武村兵曹《たけむらへいそう》の考《かんがへ》では。最早《もはや》亞弗利加大陸《アフリカたいりく》を横斷《わうだん》して、ずつと西《にし》の方《ほう》に吹《ふ》き飛《と》ばされて、今《いま》、下邊《かへん》に見《み》ゆる大海《おほうみ》は、大西洋《たいせいやう》に[#「大西洋《たいせいやう》に」は底本では「太西洋《たいせいやう》に」]相違《さうゐ》はあるまい。と言《い》つたが、私《わたくし》はどうも左樣《さう》とは信《しん》じられなかつた。數日《すうじつ》以來《いらい》の風《かぜ》は、隨分《ずいぶん》悽《すさ》まじいものであつたが、颶風《タイフン》の常《つね》として、吾《わ》が輕氣球《けいきゝゆう》は幾度《いくたび》も同《おな》じ空《そら》に吹《ふ》き廻《まわ》されて居《を》つた樣《やう》だから、左迄《さまで》遠方《ゑんぽう》へ飛《と》ぶ氣遣《きづかひ》はない、私《わたくし》の考《かんがへ》では、下方《した》に見《み》ゆるのは矢張《やはり》印度洋《インドやう》の波《なみ》で、事《こと》によつたらマダカツスル[#「マダカツスル」に二重傍線]島《じま》の西方《せいほう》か、アデン[#「アデン」に二重傍線]灣《わん》の沖《おき》か、兎《と》に角《かく》歐羅巴《エウロツパ》邊《へん》の沿岸《えんがん》には、左程《さほど》遠《とほ》い所《ところ》ではあるまいと思《おも》はれた。
然《しか》し、今《いま》は其樣《そん》な事《こと》を悠長《いうちやう》に考《かんが》へて居《を》るべき塲合《ばあひ》でない。此時《このとき》の心痛《しんつう》は實《じつ》に非常《ひじやう》であつた。櫻木大佐《さくらぎたいさ》との約
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