こ》らなかつたなら、今頃《いまごろ》は既《すで》に大佐《たいさ》の家《いへ》に歸《かへ》つて居《を》つて、あの景色《けしき》の美《うる》はしい海岸《かいがん》の邊《へん》で、如何《いか》に愉快《ゆくわい》な日《ひ》を迎《むか》へて居《を》るだらうと考《かんが》へると、何故《なぜ》紀念塔《きねんたふ》の建立《けんりつ》を終《をは》つた時《とき》に素直《すなほ》に元《もと》來《き》た道《みち》を皈《かへ》らなかつたらうと、今更《いまさら》後悔《こうくわい》に堪《た》えぬのである。
『あゝ、今迄《いまゝで》何《なん》の音沙汰《おとさた》も無《な》いのは、稻妻《いなづま》も途中《とちう》で死《し》んでしまつたのでせう。』と、日出雄少年《ひでをせうねん》は悄然《せうぜん》として、武村兵曹《たけむらへいそう》の顏《かほ》を眺《なが》めた。
『イヤ、イヤ、稻妻《いなづま》は尋常一樣《じんじやういちやう》の犬《いぬ》[#「犬《いぬ》」は底本では「大《いぬ》」]でないから、屹度《きつと》無事《ぶじ》に海岸《かいがん》へは達《たつ》したらうが、然《しか》し、吾等《われら》の災難《さいなん》は非常《ひじやう》な事《こと》だから、大佐閣下《たいさかくか》でも容易《ようゐ》には救《すく》ひ出《だ》す策《さく》がなくつて、考慮《かんがへ》て居《ゐ》なさるのだらう。まあ/\、失望《しつぼう》しないで、生命限《いのちかぎ》り待《ま》つ事《こと》だ。』と、武村兵曹《たけむらへいそう》は態《わざ》と元氣《げんき》よく言放《いひはな》つて、日出雄少年《ひでをせうねん》の首筋《くびすぢ》を抱《いだ》いた。二名《にめい》の水兵《すいへい》は淋《さび》し氣《げ》に顏《かほ》を見合《みあは》せた。
實《じつ》に、世《よ》の中《なか》には人間《にんげん》の力《ちから》に及《およ》ぶ事《こと》と、及《およ》ばぬ事《こと》とがある。人間《にんげん》の力《ちから》に及《およ》ぶ事《こと》なら、あの智惠《ちゑ》逞《たく》ましき櫻木大佐《さくらぎたいさ》に不能《できぬ》といふ事《こと》はあるまいが、今日《けふ》まで、何《なん》の音沙汰《おとさた》の無《な》く打※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、265−4]《うちす》ぎて居《を》るのを見《み》ると、たとへ、猛犬稻妻《まうけんいなづま》は無事《ぶじ》に使命《しめい》
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