にかゝると、少年《せうねん》は愕《おどろ》いて目《め》を醒《さま》した。私《わたくし》の涙《なみだ》に曇《くも》る顏《かほ》を見《み》て
『あら、叔父《おぢ》さんは如何《どう》かして。』
私《わたくし》はハツと心付《こゝろづ》いたので、態《わざ》と大聲《おほごゑ》に笑《わら》つて
『なに、日出雄《ひでを》さんが眠《ねむ》つてしまつて、餘《あま》り淋《さび》しいもんだから、大《おほ》きな欠伸《あくび》をしたんだよ。』
少年《せうねん》は瞼《まぶた》をこすりつゝ、悄然《しようぜん》と艇《てい》の中《なか》を見廻《みまわ》した。誰《たれ》でも左樣《さう》だが非常《ひじやう》な變動《へんどう》の後《あと》、暫時《しばし》夢《ゆめ》に落《お》ちて、再《ふたゝ》び醒《めざ》めた時《とき》程《ほど》、心淋《こゝろさび》しいものはないのである。少年《せうねん》齡《よわひ》漸《やうや》く八|歳《さい》、此《この》悲境《ひきよう》に落《お》ちて、回顧《くわいこ》してあの優《やさ》しかりし母君《はゝぎみ》の姿《すがた》や、ネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]で別《わか》れた父君《ちゝぎみ》の事《こと》などを懷《おも》ひ浮《うか》べた時《とき》は、まあどんなに悲《かな》しかつたらう、今《いま》、一片《いつぺん》のパンも一塊《いつくわい》の肉《にく》もなき此《この》みじめな[#「みじめな」に傍点]艇中《ていちう》を見廻《みまわ》して、再《ふたゝ》び[#「再《ふたゝ》び」は底本では「再《ふたゝ》ひ」]私《わたくし》の顏《かほ》を眺《なが》めた姿《すがた》は、不憫《ふびん》とも何《なん》とも言《い》はれなかつた。
懷中時計《くわいちうどけい》は海水《かいすい》に濡《ひた》されて、最早《もはや》物《もの》の用《よう》には足《た》らぬが、時《とき》は午前《ごぜん》の十|時《じ》と十一|時《じ》との間《あひだ》であらう、此時《このとき》不圖《ふと》心付《こゝろづ》くと、今迄《いままで》は、たゞ浪《なみ》のまに/\漂《たゞよ》つて居《を》るとのみ思《おも》つて居《を》つた端艇《たんてい》が、不思議《ふしぎ》にも矢《や》のやうな速力《そくりよく》で、東北《とうほく》の方《ほう》から西南《せいなん》の方《ほう》へと流《なが》れて居《を》るのであつた。([#ここから割り注]磁石は無いが方角は太陽の位置で分
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