處《いづく》と目的《めあて》もなく、印度洋《インドやう》の唯中《たゞなか》を浪《なみ》のまに/\漂流《たゞよ》つて居《を》るのである。
第九回 大海原《おほうなばら》の小端艇《せうたんてい》
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亞尼《アンニー》の豫言――日出雄少年の夢――印度洋の大潮流――にはか雨――昔の御馳走――巨大な魚群
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恐《おそろ》しき一夜《いちや》は遂《つひ》に明《あ》けた。東《ひがし》の空《そら》が白《しら》んで來《き》て、融々《うらゝか》なる朝日《あさひ》の光《ひかり》が水平線《すいへいせん》の彼方《かなた》から、我等《われら》の上《うへ》を照《てら》して來《く》るのは昨日《きのふ》に變《かは》らぬが、變《かは》り果《は》てたのは二人《ふたり》の境遇《みのうへ》である。昨日《きのふ》までは、弦月丸《げんげつまる》の美麗《びれい》なる船室《キヤビン》に暮《くら》して、目醒《めさ》むると第《だい》一に甲板《かんぱん》に走《はし》り出《で》て、曉天《あかつき》の凉《すゞ》しき風《かぜ》に吹《ふ》かれながら、いと心地《こゝち》よく眺《なが》めた海《うみ》の面《おも》も、今《いま》の身《み》にはたゞ物凄《ものすご》く見《み》ゆるのみである。眼界《がんかい》の達《たつ》する限《かぎ》り煙波《えんぱ》渺茫《べうぼう》たる印度洋《インドやう》中《ちう》に、二人《ふたり》の運命《うんめい》を托《たく》する此《この》小端艇《せうたんてい》には、帆《ほ》も無《な》く、櫂《かひ》も無《な》く、たゞ浪《なみ》のまに/\漂《たゞよ》つて居《を》るばかりである。
今更《いまさら》昨夜《さくや》の事件《こと》を考《かんが》へると全《まつた》く夢《ゆめ》の樣《やう》だ。
『あゝ、何故《なぜ》此樣《こん》な不運《ふうん》に出逢《であ》つたのであらう。』と私《わたくし》は昨夜《さくや》海《うみ》に浸《ひた》つて、全濡《びつしより》になつた儘《まゝ》、黎明《あかつき》の風《かぜ》に寒《さむ》相《さう》に慄《ふる》へて居《を》る、日出雄少年《ひでをせうねん》をば[#「日出雄少年《ひでをせうねん》をば」は底本では「日出雄少年《ひでをせうねん》をは」]膝《ひざ》に抱上《いだきあ》げ、今《いま》しも、太陽《たいやう》が暫時《しばし》浮雲《うきぐも》に隱《かく》れて、何《なに》
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