々《せん/\》たる白色燈《はくしよくとう》を掲《かゝ》げたる一隻《いつさう》の船《ふね》は、印度洋《インドやう》の闇黒《やみ》を縫《ぬ》ふてだん/″\と接近《せつきん》して來《き》た。今《いま》、我《わ》が弦月丸《げんげつまる》は一|時間《じかん》に十二三|海里《ノツト》の速力《そくりよく》をもつて進航《しんかう》して居《を》るのに、其《その》後《あと》を追《お》ふて斯《か》くも迅速《じんそく》に接近《せつきん》して來《く》るとは、實《じつ》に非常《ひじやう》の速力《そくりよく》でなければならぬ。今《いま》の世《よ》に、かくも驚《おどろ》く可《べ》き速力《そくりよく》をもつて居《を》る船《ふね》は、水雷驅逐艦《すゐらいくちくかん》か、水雷巡洋艦《すゐらいじゆんやうかん》の他《ほか》はあるまい、あの燈光《とうくわう》の主體《しゆたい》は果《はた》して軍艦《ぐんかん》の種類《しゆるい》であらうか。軍艦《ぐんかん》の種類《しゆるい》ならば何《なに》も配慮《しんぱい》するには及《およ》ばないが――若《も》しや――若《も》しや――と私《わたくし》はふと[#「ふと」に傍点]或《ある》事《こと》を想起《おもひおこ》した時《とき》、思《おも》はずも戰慄《せんりつ》したよ。
未《いま》だ其《そ》の船《ふね》の船體《せんたい》も認《みと》めぬ内《うち》から、斯《かゝ》る心配《しんぱい》をするのは全《まつた》く馬鹿氣《ばかげ》て居《を》るかも知《し》れぬが、先刻《せんこく》からの奇怪《きくわい》の振舞《ふるまひ》を見《み》ては、どうも心《こゝろ》が安《やす》くないのである、第一《だいゝち》に遙《はる》か/\の闇黒《あんこく》なる海上《かいじやう》に於《おい》て、星火榴彈《せいくわりうだん》を揚《あ》げ、火箭《くわぜん》を飛《と》ばして難破船《なんぱせん》の風體《ふうてい》を摸擬《よそを》つたなど、船長《せんちやう》は單《たん》に船幽靈《ふないうれい》の仕業《しわざ》で御坐《ござ》るなどゝ、無※[#「(禾+尤)/上/日」、85−11]《ばか》な事《こと》を言《い》つて居《を》るが其實《そのじつ》、かの不思議《ふしぎ》なる難破船《なんぱせん》の信號《しんがう》は、現世《このよ》に存在得《ありう》べからざる海魔《かいま》とか船幽靈《ふなゆうれい》とかよりは百倍《ひやくばい》も千倍《せんばい》も
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