は私《わたくし》の持病《やまひ》、疳癪玉《かんしやくだま》が一時《いちじ》に破裂《はれつ》したよ。
『無《な》い、無《な》い、無《な》いとは何《なん》です、私《わたくし》は今《いま》現《げん》に目撃《もくげき》して來《き》たのです。』
『はゝゝゝゝ。何《なに》を目撃《もくげき》しましたか。はゝゝゝゝ。』と彼《かれ》は空惚《そらとぼ》けて大聲《おほごえ》に笑《わら》つた。私《わたくし》は實《じつ》に腹《はら》の中《なか》から※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]返《にへかへ》つたよ。序《ついで》だから言《い》つて置《お》くが、私《わたくし》は初《はじ》め此《この》船《ふね》に乘組《のりく》んだ時《とき》から一見《いつけん》して此《この》船長《せんちやう》はどうも正直《しようじき》な人物《じんぶつ》では無《な》いと思《おも》つて居《を》つたが果《はた》して然《しか》り、彼《かれ》は今《いま》、多少《たせう》の勞《らう》を厭《いと》ふて他船《たせん》の危難《きなん》をば見殺《みころ》しにする積《つもり》だなと心付《こゝろつ》いたから、私《わたくし》は激昂《げきこう》のあまり
『何《なに》を見《み》たもありません、本船《ほんせん》左舷《さげん》後方《こうほう》の海上《かいじやう》に當《あた》つて星火榴彈《せいくわりうだん》に一次《いちじ》一發《いつぱつ》の火箭《くわせん》、それが難破船《なんぱせん》の信號《しんがう》である位《くらゐ》を知《し》りませんか。』
『其樣《そんな》事《こと》は承《うけたまは》る必要《ひつえう》もありません。』と船長《せんちやう》は鼻《はな》で笑《わら》ひつゝ
『それは大方《おほかた》貴下《あなた》の眼《め》の誤《あやま》りでせうよ。うふゝゝゝ。』
『眼《め》の誤《あやま》り※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 之《これ》は怪《け》しからん、私《わたくし》にはちやんと二個《ふたつ》の眼《め》がありますぞ。』
『其《その》眼《め》が怪《あや》しい、海《うみ》の上《うへ》ではよく眩惑《ごまか》されます、貴下《あなた》は屹度《きつと》流星《りうせい》の飛《と》ぶのでも見《み》たのでせう。』とビール樽《だる》のやうな腹《はら》を突出《つきだ》して
『いや、よしんば其《それ》が眞個《ほんたう》の難破信號《なんぱしんがう》であつたにしろ、此樣《こんな
前へ 次へ
全302ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング