》に報告《ほうこく》するなどは海上《かいじやう》の法則《はふそく》から言《い》つて、到底《たうてい》許《ゆる》す可《べ》からざる事《こと》である。私《わたくし》も其《それ》を知《し》らぬではない、けれど今《いま》は容易《ようゐ》ならざる急變《きふへん》の塲合《ばあひ》である、一|分《ぷん》一|秒《びやう》の遲速《ちそく》は彼方《かなた》難破船《なんぱせん》のためには生死《せいし》の堺界《わかれめ》かも知《し》れぬ、加《くは》ふるに本船《ほんせん》右舷《うげん》の當番《たうばん》水夫《すゐふ》は眼《め》あれども眼無《めな》きが如《ごと》く、左舷《さげん》の當番《たうばん》水夫《すゐふ》は鬼《おに》か蛇《じや》か、知《し》つて知《し》らぬ顏《かほ》の其《その》心《こゝろ》は分《わか》らぬが、今《いま》は瞬間《しゆんかん》も躊躇《ちうちよ》すべき塲合《ばあい》でないと考《かんが》へたので、私《わたくし》は一散《いつさん》に走《はし》つて、船橋《せんけう》の下部《した》なる船長室《せんちやうしつ》の扉《ドーア》を叩《たゝ》いた。
『船長閣下《せんちやうかくか》、起《お》き玉《たま》へ、難破船《なんぱせん》がある! 難破船《なんぱせん》がある!』と叫《さけ》ぶと、此時《このとき》船長《せんちやう》は既《すで》に寢臺《ベツド》の上《うへ》に横《よこたは》つて居《を》つたが、『何《な》んですか。』とばかり澁々《しぶ/\》起上《おきあが》つて扉《ドーア》を開《ひら》いた。私《わたくし》はツト進《すゝ》み入《ゐ》り

『船長閣下《せんちやうかくか》、越權《えつけん》ながら報告《ほうこく》します、本船《ほんせん》左舷《さげん》後方《こうほう》、三|海里《かいり》許《ばかり》距《へだゝ》つた海上《かいじやう》に當《あた》つて一個《いつこ》の難破船《なんぱせん》がありますぞ。』
『難破船《なんぱせん》※[#疑問符感嘆符、1−8−77] あはゝゝゝゝ。』と船長《せんちやう》は大聲《おほごえ》に笑《わら》つた。驚愕《おどろ》くと思《おも》ひきや、彼《かれ》はいと腹立《はらだ》たし氣《げ》に顏《かほ》を顰《しか》めて
『難船《なんせん》? それは何《なん》ですか、本船《ほんせん》には絶《た》えず[#「絶《た》えず」は底本では「絶《た》えす」]海上《かいじやう》を警戒《みは》る當番《たうばん》水夫
前へ 次へ
全302ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング