稀薄である
錨はすでに溶解され 百万の時計は瀝青に狂つた
〈なんにも言ふことなんぞあるもんか〉
俺は手をあげてゐる 彼奴は用意する
眼鏡
どすぐろい男らがいつさんに馳けてゆき
どすぐろい女らがいつさんに馳けてゆき
自然はいちどに憔悴する
工場は一度に燃えあがる
これはなんといふ兇悪な眼鏡の仕掛けであらう
どすぐろい男らがいつさんに倒れ
どすぐろい女らがいつさんに倒れてゆき
あらゆる眼鏡は屠られてしまつた
あ この悲しめる世界の中黙
遠く嵐ははげしく呼ばれ
この鉄橋はさかんにたゝかれてゐる
どすぐろい倒れゆく者等いつさんに重りあひ
やがて曇天は墜落しよう
老将
渺たる陣営のほとりにたてば
にごりたつ瘴気やける霜
肉を剿《た》つみごと山川のうつろひに
せきばくたる内奥の夢も痺びれはてたり
最末人の眷属として積年ひとりこゝに曝らされ
あますなき悲惨の終焉をみ送るわれぞ
おゝ光なら無地とうめい乱射のなか
骨髄といふかの不覊なる情緒に過ぎ来たるわが哀傷の渇きたり
凄涼たる日のあしたにも莞爾として
鞭をなぐればわづかに虚しい影の鳴りひゞき
また捲きあげる黄塵にうたれ
がんとし
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