はれ黒松属であらう。雷管を蔵した岩尾根が低い天末に削られて、その上に火傷を浴びた雲を飛ばせば、菫青色の深まる天のぐんと向ふ。巨いなる荒掠者の手からふり撒かれ、己の遡る河上にいま、微塵はとうめいの異《あや》しい廃汽となつて沈んでくる。水の面にたゞよふ彼の影像は、水羊歯や蘆のたぐひを啖ひながらも、発《あば》かれた地上に在るものの、匈々たる交感の裡に織りこまれてゆくのか。旧くまた新しく、つねに兇行の果されて来たこの河上に、彼の息吹は人間歴史の跡を曝して、ああ、それを己に伝へる彼の苛烈よ。秋は骨のやうな磧を渉り、水底に渇き疲れた神々の声を聴いてゐるのだ。哄ふべし。神々と言はふ、たゞわけもなく飜へる水の面、――かき消された妄想が薹のやうに、復た此処に聚るであらう。己は必死なる季節の加担者。遡るところ、眩輝の異しい漲落を胸に量り 額をもたげて愛のやうな 荒繩のやうな強力の酔ひをこの躯に糾ふのだ。しだいに昂る爛酔となれば、反つて一望の視野は冷然ときりひらかれ、四肢に※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、251−上−13]ふ風や光の鳴り響く その戦きを貫いて地と天の境のもの黒松の岩尾根の、不逞にして深甚
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