に、ばさばさと自らの影を追ひたてる鴉の群だ。その腥い印象から なんとも知れぬ獣血のたぐひに濺がれて、しぜんに斃れてゆくものは、展望をしだいに埋めてゆく。唯ひとり、揺籃の底に艱《なや》むでゐる己の額に、やがては稲妻も十字を投げるだらうか。いま一筋荒々しく乗りこんでくる歌声をきかう。愛憐もなく火に酔へる、三歳のつぶらな眼底に滲みては、たちまち水浸しの肺腑を侵してくるその歌声。ああ 己の身うちにがんがんする無辺から襲つてくる非情の歌声。
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枝を折り
すぎゆくものは羽搏けよ
暴戻の水をかすめて羽搏けよ
石をもつて喚び醒ます
異象の秋に薄《せま》るもの
獣を屠つて
ただ一撃の非情を生きよ
……………………………
きみの掌に
すぎゆくものは
沸々たる血を※[#「車+兀」、241−上−5]きたまへ
ふりかかる兇なる光暉の羽搏きに
野生の花を飾るもの
血肉を挙げ
あくまできみの非情を燃えよ
……………………………
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歌声は嗄れた。激しい裂目をみせてもう雲母《きらら》の冬。水退けの昏い耕地をずり落ちて天末線の風も凄く、とほく矮樹林は刺青《いれずみ》のやうに
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