んたる蝕の日なれば
野生の韮を噛むごとき
ひとりなる汗《ハン》の怒りをかんぜり
げに我が降りたてる駅のけはしさ
悲しき一筋の知られざる膂力の証か
啖ふに物なきがごと歩廊を蹴るなり
流れてやまぬ血のなかに泛びいづるは
大興安のみぞおちに一瞬目を閉づる時過ぎるもの
歴史なり
火襤褸なり
永遠熄みがたき汗の意志なり
風の日|※[#「木+草」、255−下−17]《かんば》飛び 祈りあぐる
おお砂塵たちけぶる果に馬を駆れば
色寒き里木《リーム》旅館は傾けり


  汗山《ハンオーラ》

茫々たるところ
無造作に引かれし線にはあらず
バルガの天末。
生き抜かんとする
地を灼かんとするは
露はなる岩漿の世にもなき夢なり
あはれ葦酒に酔ふ
旧き靺鞨の血も乾れはてゝ
いまぞ鳴る風の眩暈。
    ――山汗は蒙古語にて興安嶺の意なり――[#この行は文字小さく]


  熱河

冷タク血ニ渇イテ。岩角ヲ 繊維ノヤウナモノ。ソノ杳カナ所 燃エ煌メク深淵《フカミ》ニ難破スル オレノ双《モロ》手。擾キミダス 荊棘ヲ 暗イ溝渠《カナル》ト人影ト死ト。ヒルガエル狂気ノ轍ト。一沫ノビテユメン。アア 縒リタグル熱風ノ一陣ニ 斃サレテ イチメンノ砂ト無為ト。ソノ上ノ苛責ト。熱気ニ刺サレタ網膜ヲズリ墜チテ 何トイフ莫大ナ旅程デアラウカ。オレハ唯一者《タダヒトリ》。灼ケ熾カル自ラノ終焉ニ牙ヲタテ 爛燦タル夢ノ苛察ヲ思ヒ知ルノダ。不可能ノ陥穽ヨ オオ 未知ノ太陽ヨ。スベテ渦巻ケル地平ノ向背カラ 自ラヲ標的トスル虚妄デハナイカ。ズタズタニ肺腑ヲ 荒シテ 羚羊《シャモア》色ノ微塵ガ犯ス。今ハ蒙昧ノ 露ハナル領域ニサヘ驕ルスベモナイ。親愛モナク 糧モナク。掌ニワヅカ最後ノ罌栗ガ潰エ 血漿ガ黝ク 頸ニ錆ビル。晒サレテ 灌木ト死馬ノ間。禿鷹ノ盲イテ 飛ビタツ 熱気ノ底ヲ 諸々ノ息吹キニ耳ヲタテテヰル オレダ。拡リ擾レテソレハ沸キカヘル人口ト季節ノ 喚声ニ乗ツテ。干割レタ台地ニ。鋼ノ堆積ニ。雲ノ涯ニ 裂ケマヂル集団デハナイカ。ソノトドロシイ行方ニコソ 暴溢スル流レ熱河デハナイカ。遂ニ熄ムコトノナイ軋轢ニ タチクラム濛気ノ中ヲ 荊棘ヲ※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、256−下−17]ツテ 起チナホル身ヲ震ハスオレダ。岩角ヲ 血ニ渇イテ夏ガ。鉄車ノ轍ガ。悪草ガ。ナホモ杳カナ穹窿ヲ犇イテヰルノカ。


  無題

おほいな
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