、いつも、誰にも内しょで呼ぶ母はやはり、この母親であったのかしら、それがこんなにも自分においしいものを食べさせて呉れるこの母であったのなら、内密に心を外の母に移していたのが悪かった気がした。
「さあ、さあ、今日は、この位にして置きましょう。よく喰べてお呉れだったね」
目の前の母親は、飯粒のついた薔薇いろの手をぱんぱんと子供の前で気もちよさそうにはたいた。
それから後も五、六度、母親の手製の鮨に子供は慣らされて行った。
ざくろの花のような色の赤貝の身だの、二本の銀色の地色に竪縞《たてじま》のあるさより[#「さより」に傍点]だのに、子供は馴染《なじ》むようになった。子供はそれから、だんだん平常の飯の菜にも魚が喰べられるようになった。身体も見違えるほど健康になった。中学へはいる頃は、人が振り返るほど美しく逞しい少年になった。
すると不思議にも、今まで冷淡だった父親が、急に少年に興味を持ち出した。晩酌の膳の前に子供を坐らせて酒の対手《あいて》をさしてみたり、玉突きに連れて行ったり、茶屋酒も飲ませた。
その間に家はだんだん潰れて行く。父親は美しい息子が紺飛白《こんがすり》の着物を着て盃
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