薔薇《ばら》いろの掌を差出して手品師のように、手の裏表を返して子供に見せた。それからその手を言葉と共に調子づけて擦《こす》りながら云った。
「よくご覧、使う道具は、みんな新しいものだよ。それから拵《こしら》える人は、おまえさんの母さんだよ。手はこんなにもよくきれいに洗ってあるよ。判ったかい。判ったら、さ、そこで――」
母親は、鉢の中で炊きさました飯に酢を混ぜた。母親も子供もこんこん噎《む》せた。それから母親はその鉢を傍に寄せて、中からいくらかの飯の分量を掴み出して、両手で小さく長方形に握った。
蠅帳の中には、すでに鮨の具《ぐ》が調理されてあった。母親は素早くその中からひときれ[#「ひときれ」に傍点]を取出してそれからちょっと押えて、長方形に握った飯の上へ載せた。子供の前の膳の上の皿へ置いた。玉子焼鮨だった。
「ほら、鮨だよ、おすしだよ。手々で、じかに掴《つか》んで喰べても好いのだよ」
子供は、その通りにした。はだかの肌をするする撫《な》でられるようなころ合いの酸味に、飯と、玉子のあまみ[#「あまみ」に傍点]がほろほろに交ったあじわいが丁度舌一ぱいに乗った具合――それをひとつ喰べて
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