方がましではあるまいか――
子供は、平気を装って家のものと同じ食事をした。すぐ吐いた。口中や咽喉を極力無感覚に制御したつもりだが嚥《の》み下した喰べものが、母親以外の女の手が触れたものと思う途端に、胃嚢《いぶくろ》が不意に逆に絞り上げられた――女中の裾から出る剥《は》げた赤いゆもじや飯炊婆さんの横顔になぞって[#「なぞって」に傍点]ある黒|鬢《びん》つけの印象が胸の中を暴力のように掻き廻した。
兄と姉はいやな顔をした。父親は、子供を横顔でちらりと見たまま、知らん顔して晩酌の盃を傾けていた。母親は子供の吐きものを始末しながら、恨めしそうに父親の顔を見て
「それご覧なさい。あたしのせいばかりではないでしょう。この子はこういう性分です」
と嘆息した。しかし、父親に対して母親はなお、おずおずはしていた。
その翌日であった。母親は青葉の映りの濃く射す縁側へ新しい茣蓙《ござ》を敷き、俎板《まないた》だの庖丁だの水桶だの蠅帳だの持ち出した。それもみな買い立ての真新しいものだった。
母親は自分と俎板を距てた向側に子供を坐らせた。子供の前には膳の上に一つの皿を置いた。
母親は、腕捲りして、
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