のを注文して、籠にそれを入れて貰う間、店先へ出て、湊の行く手に気をつけていた。
河鹿を籠に入れて貰うと、ともよ[#「ともよ」に傍点]はそれを持って、急いで湊に追いついた。
「先生ってば」
「ほう、とも[#「とも」に傍点]ちゃんか、珍らしいな、表で逢うなんて」
二人は、歩きながら、互いの買いものを見せ合った。湊は西洋の観賞魚の髑髏魚《ゴーストフィッシュ》を買っていた。それは骨が寒天のような肉に透き通って、腸が鰓《えら》の下に小さくこみ上っていた。
「先生のおうち、この近所」
「いまは、この先のアパートにいる。だが、いつ越すかわからないよ」
湊は珍らしく表で逢ったからともよ[#「ともよ」に傍点]にお茶でも御馳走しようといって町筋をすこし物色したが、この辺には思わしい店もなかった。
「まさか、こんなものを下げて銀座へも出かけられんし」
「ううん、銀座なんかへ行かなくっても、どこかその辺の空地で休んで行きましょうよ」
湊は今更のように漲《みなぎ》り亘る新樹の季節を見廻し、ふうっと息を空に吹いて
「それも、いいな」
表通りを曲ると間もなく崖端に病院の焼跡の空地があって、煉瓦塀《れんがべい》の一側がローマの古跡のように見える。ともよ[#「ともよ」に傍点]と湊は持ちものを叢《くさむら》の上に置き、足を投げ出した。
ともよ[#「ともよ」に傍点]は、湊になにかいろいろ訊いてみたい気持ちがあったのだが、いまこうして傍に並んでみると、そんな必要もなく、ただ、霧のような匂いにつつまれて、しんしんとするだけである。湊の方が却って弾《はず》んでいて
「今日は、とも[#「とも」に傍点]ちゃんが、すっかり大人に見えるね」
などと機嫌好さように云う。
ともよ[#「ともよ」に傍点]は何を云おうかと暫《しばら》く考えていたが、大したおもいつきでも無いようなことを、とうとう云い出した。
「あなた、お鮨《すし》、本当にお好きなの」
「さあ」
「じゃ何故来て食べるの」
「好きでないことはないさ、けど、さほど喰べたくない時でも、鮨を喰べるということが僕の慰みになるんだよ」
「なぜ」
何故、湊が、さほど鮨を喰べたくない時でも鮨を喰べるというその事だけが湊の慰めとなるかを話し出した。
――旧《ふる》くなって潰《つぶ》れるような家には妙な子供が生れるというものか、大きな家の潰れるときというものは、
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