たま》らなくなつたのだ。性来動物好きの少年だつた皆三が、標本に欲しかつたといふことも充分理由にはなるのだけれど……。
 母親は皆三を外へ出しては自由に遊ばせない代りに、家の中ではタイラントにして置いた。そこで蝙蝠を貰《もら》つた機会から家へ来たお涌を皆三がしきりに友達にしたがつた様子を察して、その後、お涌をお八つに呼んだりなにかと目にかけるやうになつた。
 二人が育つて行くにつれ、母親にふと危惧《きぐ》の念が掠《かす》めた。二人があまり気の合つてゐる様子である。青春から結婚、それは関《かま》はない。もしそこに母親である自分の愛も挟める余地のあるものでさへあつたら……だが二人の様子を見ると、さういふ母親の気苦労を知らない若い男女は、年老いた寡婦の唯一の慰めを察して、二人の切情をも時に多少は控へても、自分の存在を中間に挟めて呉《く》れるであらうか。皆三は一徹者だし、お涌は無邪気すぎる女である。そこまで余裕のある思ひ遣《や》りが、二人の間につくかどうかが疑問であるとき、お涌の髪に手を入れてやり乍《なが》ら訊《き》いた。
「お涌さんは、どういふところへお嫁に行く気」
 お涌は
「知りませんわ」
 と笑つた。
「でもまあ、云つてご覧なさい」
 となほねつく訊くと
「やつぱり世間通りよ。うちで定めて呉れるところへですわ」
 と答へた。
 これはお涌にしてみれば、嘘の心情ではなかつた。
 それから少したつて、母親は晩飯のとき皆三に訊《たず》ねた。
「皆さん、妙なことを訊《き》くやうだが、もうお前さんも学校は卒業間際だから訊いとくが、何かい、お嫁なら向うの家の娘さんでも貰《もら》ひなさるかね」
 母親は、わざとお涌を娘さんといつたり、息の詰るのを隠して何気なく云つた。じつと、母親の顔を見てゐた皆三は、それから下を向いて下唇を噛《か》んで考へてゐたが
「僕は妻など持つて家庭を幸福にして行けるやうな性格ぢや無ささうですね。まあ、当分の間は、このままで勉強して行くつもりですね」
 母親は、故意に皆三の言葉どほりを素直に受け取る様子を自分がしてゐるのに、いくらか気がつき乍《なが》らも
「さうかねえ、もしお嫁さんを持つなら、あの娘は好いと思ふんだがね」


 突然の縁談はお涌の家の両親を驚かした。それは、日比野の女主人のおふみから申込まれたものであるが、相手は皆三では無かつた。日比野の親戚に
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