さを敢《あえ》てするまで、老師への哀訴の情が、切迫してしまつたのである。老師は、両方の縷述と哀訴を懇切に聴き取つた。そして、今後一切を、自分の指図のもとに取り行ふやうかたく双方ともに約束させた。
「現実を回避せず、あくまでもそれに直面して人生の本然を味得すること。本当に生きる強味は其処《そこ》から出る」
これを判り易《やす》く飜訳《ほんやく》して老師は宗右衛門に会得《えとく》させた。その具体的な手段として宗右衛門の居室は寺の花畑から不具の娘達の直ぐ傍に移された。気儘《きまま》な妄想を払つて不具に直面し、不具の実在性を確《し》つかり見詰めよといふのであつた。
「欲望を正当に生かすこと」
これを判り易く飜訳して、添田家親類一統へ説き聞かせた。即刻、宗右衛門に適当な後妻を、あらゆる方面へ彼自身にも親類一統へも物色させた。
「個性の使命をはたすこと、自身の力量に適応した家業に、善悪貴賤の差別なし」
これを宗右衛門にあてはめる以上、彼は急ぎ家業に復帰しなければならないのであつた。
その年の初夏、宗右衛門は新らしくめとつた後妻と、不具の娘二人を連れて或る有名な遠国の温泉へ行つた。一ヶ月以上
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