商売の算段もなまり、倉々を見廻る眼力もにぶつたが、人知れず遠くから離れ家を見詰める宗右衛門の眼の色は、異様に光つた。美しいゆゑに余計に醜い娘達の異形《いぎょう》が、追々宗右衛門の不思議な苦難の妄執となつて附纏《つきまと》つた。
 或る夜も宗右衛門は眼を覚した。広い十畳の間にひとり宗右衛門は寝てゐたのである。宵に降つた雨の名残《なごり》の木雫が、ぽたり/\と屋根を打つてゐた。蒸し暑いので宗右衛門は夜具をかいのけ、煙草《たばこ》を喫《す》はうとして起き上つた。床の上に座つて枕元の煙管《きせる》をとりあげた。引き寄せて見ると生憎《あいにく》、煙草盆の埋火《うずみび》が消えてゐたので、行燈《あんどん》の方へ膝《ひざ》を向けた――自然、まつすぐに離れ家の方を彼は向いてしまつたのである。――
(しまつた!)
 彼は喉元で自分を叱《しか》つた。宗右衛門にとつては最早《もは》や此頃《このごろ》の二人の娘は妄鬼であつた。離れ家はまさしく妄者の棲家《すみか》であつた。またしても、お小夜とお里と、それに時たまの例となつて、死んだお辻さへ異形のなかの一例となつて宗右衛門の眼前をぐる/\とめぐつた。
 宗右衛門
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