良人教育十四種
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)黙《だま》り

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)妻自身|確信《かくしん》と

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(例)(1)[#「(1)」は縦中横]
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(1)[#「(1)」は縦中横] 気むずかしい夫
 何が気に入らないのか、黙《だま》りこくってむっつりしている。訊《き》いてもいっては呉《く》れないで、渋《しぶ》い顔をするばかり。従《したが》って家内《いえ》中で腫《はれ》ものにでも触るような態度を取り、そばを歩くに、足音さえも窃《ぬす》むようになる。こういう性質は神経衰弱その他生理的な病気が伏在《ふくざい》している為《た》めに来ることもあれば、当人の我儘《わがまま》から来ることもある。病気なれば気の毒、早速《さっそく》医者の手にかかるがいいが、もし我儘だったらあんまり卑屈《ひくつ》にへいへいしていると、却《かえ》って増長《ぞうちょう》させていけない。正しいことは相当主張し、快闊《かいかつ》に、はたからその不機嫌を吹き散らしてしまうがいい。不機嫌は当人も持てあましているのだから、はたからのひょっとした誘いで気が取直《とりなお》せ、当人も助かることがある。

(2)[#「(2)」は縦中横] 短気な夫
 しじゅうイライラ[#「イライラ」に傍点]してちょっとのことにカンシャク[#「カンシャク」に傍点]を起《おこ》す。この性質に二つある。外では猫のようにおとなしく言うべきことも胸に畳《たた》み、そのシコリを家へ持越《もちこ》して爆発させるものと、もう一つはどこでも短気でカンシャク[#「カンシャク」に傍点]を起すのとである。前の方のは臆病《おくびょう》で気の毒な性質の人ゆえ、まあまあ我慢《がまん》して家でカンシャク[#「カンシャク」に傍点]を起さしてやるのが愛だが、後のは持前《もちまえ》の性質ゆえ修養《しゅうよう》とか信仰とかを勧めて、根本的に直すのが愛である。一《いっ》たい短気な人は速力《スピード》が気に入るのだから何でも手っ取り早く先手を打って、先に望むことをしてやれば悦《よろこ》ぶものだ。

(3)[#「(3)」は縦中横] 病身《びょうしん》な夫
 痼疾《こしつ》のあるのは別だが、そうでなくて年中あっちが悪い、こっちが悪いとぐずぐずしている人がある。多くは神経質で思い過《すご》しの人に多い。一《いっ》しょになって心配してやらねば不親切だといってヒガ[#「ヒガ」に傍点]むし、そうかといって心配すればキリ[#「キリ」に傍点]が無《な》いし、仕末《しまつ》に悪い。心機一転《しんきいってん》ということもあるから、朗《たから》かに奮闘《ふんとう》的な気持ちになれるよう、思い切って生活を革新《かくしん》するとか、強い刺撃《しげき》を与えて心境を変化させるとか、妻自身|確信《かくしん》と元気を持って助勢《じょせい》するがいい。

(4)[#「(4)」は縦中横] 潔癖《けっぺき》な夫
 硝子《ガラス》窓がちょっと曇《くも》っていても気にし、障子《しょうじ》のサン[#「サン」に傍点]にホコリ[#「ホコリ」に傍点]が溜《たま》ってやしないかと、指の腹で擦《こす》ってみる。ひどいのになると一日に五六度オキシフルか、昇汞水《しょうこうすい》で手を消毒しないと、落付《おちつ》いて仕事が出来《でき》ぬというようなのがある。悪いことではないが兎《と》に角《かく》うるさい。また精神上の潔癖家として無暗《むやみ》に人を毛嫌《けぎら》いするものもある。あいつはオベッカ者だからとかあいつはウソ[#「ウソ」に傍点]吐《つ》きだとかいって、口も利《き》かぬ。そんなことをいった日には世間が狭《せま》くなるばかりだから一つ気を大きく持たせるべし。

(5)[#「(5)」は縦中横] 頭のよすぎる夫
 どうせ見透《みすか》され尽《つく》すのですから、なまじい夫に対する心のつくりかざりをせず、正直に無邪気《むじゃき》にともに暮《くら》すべし。

(6)[#「(6)」は縦中横] 交際|下手《べた》な夫
 交際下手な夫を持った妻は、相手の人が夫の気象《きしょう》を呑《の》み込むまで、妻自身がまめまめしく客にかしずき、その場の調和をたもつこと。

(7)[#「(7)」は縦中横] 学者肌の夫
 学者は日常他人に教示《きょうじ》する癖《くせ》をもって暮《くら》す。その気持ちのリズムに添《そ》うて、暮さなければ夫の心情《しんじょう》を荒らす。妻も大方《おおかた》のことは生徒になりたる態度をもって、夫に対侍《たいじ》すべし。

(8)[#「(8)」は縦中横] 親や親類と折合《おりあい》の悪い夫
 いっそ親や親類に悪く云《い》われても仕方がない。まあなるたけ主人の気の
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