があった。上流の夫人令嬢は、洋髪洋装で舞蹈会に出た。庶民もこれに做《なら》った。日本髪用の鼈甲を扱って来た室子の店は、このとき多大の影響を受けた。明治中期の末から洋髪が一般化されるにつけ、鼈甲類はいよいよ思わしくない。室子の父はこれに代る道を海外貿易に求めた。近頃になっては、昭和五年に世界各国は金禁止に伴って関税障壁を競い出した。鼈長の拓《ひら》きかけた鼈甲製品の販路もほとんど閉された。支那事変の影響は、一方、日本趣味の復活に結婚式の櫛《くし》笄《こうがい》等に鼈甲の需要をまた呼び起したと共に、一方大陸への捌《は》け口はとまった。商売は、痛し痒《かゆ》しの状態であった。
一ばん大敵なのは七八年前から特に盛になった模造品の進出であった。だんだん巧妙な質のものが出て来た。室子の父も、商売には抜からないつもりで、模造品も扱っているが、根に模造品に対する軽蔑があるのが商法のどこかに現れ、時代的新店の努力には敵《かな》わない。結局店を小規模にして、自分に執着のある本鼈甲の最高級品だけを扱う道を執《と》ろうと決めている。娘の室子のことについては、今更|婿養子《むこようし》をとっても、家業が家業な
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