娘
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)室子《むろこ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)黄|薔薇《ばら》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)くぐも[#「くぐも」に傍点]って
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パンを焼く匂いで室子《むろこ》は眼が醒めた。室子はそれほど一晩のうちに空腹になっていた。
腹部の頼りなさが擽《くすぐ》られるようである。くく、くく、という笑いが、鳩尾《みずおち》から頸を上って鼻へ来る。それが逆に空腹に響くとまたおかしい。くく、くく、という笑いが止め度もなく起る。室子は、自分ながら、どうしたことかと下唇を痛いほど噛んで笑いを止め、五尺三寸の娘の身体を、寝床から軽く滑り下ろした。
日本橋、通四丁目の鼈甲《べっこう》屋鼈長の一人娘で、スカールの選手室子は、この頃また、隅田川岸の橋場の寮に来ていた。
窓のカーテンを開ける。
水と花が、一度に眼に映る。隅田川は、いま上げ汐《しお》である。それがほぼ八分の満潮であることは「スカールの漕ぎ手」室子には一眼で判る。
対岸の隅田公園の桜は、若木ながら咲き誇って
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