子の岳神のこの公的な円満性は、妻に対してでもそうであった。
 夫妻は睦《むつまじ》くて仲が良い。良人を引廻し気味に見える才女の姉女房も、良人を立てるところには立派に立てた。岳神の家としての事務の経営は少しの渋滞もなく夫妻共に呼吸は合っている。それでいて何となく夫妻の間に味がない、お人良しでしかも根がしっかり者の良人の岳神が少しにやにやしながら、
「働けそうな女なので、共稼ぎにはいいと思いましてね、この奥地の八溝《やみぞ》山の岳神の妹だったのを貰《もら》って来ましたのです。これでも求婚の競争者が相当ございましてね」
 という意味のようなことを話しかけると、妻は
「まあまあ、そんなお話、どうでもいいじゃございませんか」
「それよりかまだ山の中でおとうさまがお見残しのとこもございましょう。幸いよい天気でございますから、あなたご案内して差上げたら」
 と、とかくに事物の歓待の方へ気を利かして行くのであった。
 翁の方からは何もいい出せなかった。いい出せる義理合いではないと翁は思っていた。すでに東国へ思い捨てた子である。それが自力でかかる豊饒な山の岳神ともなっていて呉れてるのだから何もいうことは
前へ 次へ
全90ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング