宛てられていた。神楽《かぐら》の音が聞えて来る。
 山の祖神の予感に違わず、この筑波の岳神は、自分の息子の末の弟だった。
 しかし息子は、父親の神の遥々の訪れをそれと知るや、直ちに翁を家の中へ導き入れ、紹介《ひきあわ》せたその妻もろとも下へも置かない歓待に取りかかった。そうしながら祭の儀も如才《じょさい》なく勤めた。
 その妻は翁の山占い通り、いささか良人より年長で良人の岳神を引廻し気味だった。彼女はいった。
「ふだん、どんなにか、お父上のことを二人して語り暮らしておりましたことでしょう。有難いことですわ。これで親孝行をさして頂けますわ」
 家の中のいちばんよい部屋を翁のために設けて呉れた。この山に生《な》るものの肥えて豊なさまは部屋の中を見廻しただけでも翁にはすぐそれと知れた。
 黒木の柱、梁、また壁板の美事さ、結んでいる葛蔓の逞しさ、簀子《すのこ》の竹材の肉の厚さ、翁は見ただけでも目を悦ばした。敷ものの獣の皮の毛は厚く柔かだった。
 壁の一側に※[#「木+若」、第3水準1−85−81]机《しもとづくえ》を置き、皿や高坏《たかつき》に、果ものや、乾肉がくさぐさに盛れてある。一甕の酒も
前へ 次へ
全90ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング