た窮屈な形を強いて保ちながら愕き以上のものに弄《なぶ》られている。翁に僅に残っている頭の働きはこういうことを考えている。これが同じ地上に在って眺めらるものの姿であるのか。この仰ぎ見る天空の頂は麓の土とどういう関係に在るのか。麓はよし地上の山にしろ、頂はそれに何の縁もない雲に代って空から湧くまた一つの気体の別山なのではあるまいか。南の海の※[#「虫+亢」、279−10]螺《ごうら》が吐くという蜃気が描き出す幻山のたぐいではあるまいか。幻山を証拠立てるよう塩尻がたの尖から何やら煙のようなものの燻《くすぶ》り出るのが見えるようでもある。
薄れ明るむ雲の垂れ幕とたそがれる宵闇の力とあらがう気象の摩擦から福慈岳の巨体は、巨体さながらに雲の帳の表にうっすり浮出で、または帳の奥に潜って見えたりする。何という大きな乾坤《けんこん》の動きであろう。しかも音もなく。呆れた夢に痺《しび》れさせられかけていた翁の心は一種の怯えを感ずるとぶるりと身慄いをした。翁の頭の働きはやや現実に蘇《よみがえ》って来る。
翁は西国に於て、山ちょう山により自然と人間のことはほとんど学び尽し、性情にもあらゆる豊さを加えたつも
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