、消えてはまた生まれ、あちらと思えばこちら、連続と隠顕と、ひととき眼を忙失させるけれども、なお眼を放たないなら、眺め入るものに有限の意識を泡にして、何か永遠に通じさすところがある。ふつふつ、ふつふつ。仰げばすでに、はっきり覚めて、朝化粧、振威の肩を朝風に弄《なぶ》らせている大空の富士は真の青春を味うものの落着いた微笑を啓示している。
男は今度、女が来たとき
「数は数え終えたよ」と微笑した。
しかし、女はなお、男を試みて
「夕な夕な山を越して来る、鳥の数を数えなさったら」
といった。
男は秋の夕山を仰いで、渡り来る鳥群に眼をつけた。
陽が西に沈むにつれ山は裾から濃紫に染め上って行く、華やかにも寂しい背光に、みるみる山は張りを弛めて、黒ずみ眠って行く。なお残る茜《あかね》の空に一むれ過ぎて、また一むれ粉末のまだら。無関心の高い峯の上を、その鳥群のまだら[#「まだら」に傍点]だけが愛を湛えて、哀しい大空にあたたかい味を運んで行く。
今度女が来たとき男はいった。
「あの山を越す哀しい鳥の数も数え尽した」
「もう、いいわ、じゃ、ね」
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さぬらくは玉の緒ばかり恋ふらくは不二の高嶺《たかね》の鳴沢のごと
駿河の海磯辺《むしべ》に生ふる浜つづら汝《いまし》をたのみ母にたがひぬ
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底本:「岡本かの子全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1993(平成5)年9月22日第1刷発行
親本:「岡本かの子全集」冬樹社
入力:穂井田卓志
校正:高橋由宜
1999年10月14日公開
2004年1月10日修正
青空文庫作成ファイル:
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