まひっくり返って居る。こどものリズムとテムポが合わないもどかしい退屈な動物だ。
 それにこどもはこの動物を危険な動物とも見た。なにしろ手足に爪が生えている。口には歯もある。危害を隠しているこの醜いものを殺して英雄になり度い気持ちがこどもに強く湧いた。こどもは勇気を揮《ふる》って石を二つ三つ亀の上へ投げて見た。亀は死ななかった。
 通りがかりの人があった。
「それは、水のなかへ入れるが宜い。一番早く死ぬ」
 こどもにこう教えた。
(おとなというものは真赤な嘘をこどもに信じさせるときにいくらか自分もその気になるものだ。とうとう本当にその気になって仕舞うこともある。)
 こどもは亀を池の中へ入れた。背中に模様のある石は一たん水の中に沈んでそれから浮いて水草の間に手足を働かした。
「やあ、苦しんでやがる」
 惨虐な少年の性慾は異様な満足を感じた。
 おとなの嘘から少年の中に綻《ほころ》びた性慾の赤い蕾は、やがてお町、鏡子、おふゆ、というような女に苦労をさす種となった。



底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1994(平成6)年2月24日第1刷発行
底本の親本:「鶴は病みき
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