の総《すべ》てを注いで理想生活の構図を整えようとした。
「いまにきっと、あなたにお目にかけますが、あの家の背後へ行ってごらんなさい。小さいながら果樹園もあれば、羊を飼う柵《さく》も出来ています。野鳥が来て、自由に巣が造れる巣箱、あれも近年はだいぶ流行《はや》って一般に使われていますが、日本へ輸入したのは父が最初の人でしょう」
 父のいう人生の本ものという意味は、楽しむという意味に外ならなかった。自分は今まであまりに動き漂う渦中に流浪し過ぎた。それで何ものをも纏って捉え得なかった。静かな固定した幸福こそ、真に人生に意義あるものである。彼の考えはこうらしかった。彼は世界中で見集め、聞き集め、考え蓄《た》めた幸福の集成図を組み立てにかかった。妻もその道具立ての一つであった。彼はこういう生活図面の設計の中に配置する点景人物として、図面に調和するポーズを若き妻に求めた。
 鏡子ははじめこれを嫌った。重圧を感じた彼女は、老いた夫であるとはいえ、たとえ外交官として復活しなくとも、何か夫の前生の経験を生かして、妻としての自分の生活を華々しく張合いのあるものにして呉《く》れることを期待した。その点によっ
前へ 次へ
全171ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング