難い。
 左右の電車線路を眺め渡して、越すときだけ彼女を庇《かば》うように片手を背後に添えていた逸作は、かの女がまるで夢遊病者のようになって「似てるのよ、あの子一郎に似てるのよ」などと呟きながら、どこまでも青年のあとに随《つ》き、なおも銀座東側の夜店の並ぶ雑沓《ざっとう》の人混へ紛れ入って行くのを見て、「少し諄《くど》い」と思った。しかし「珍しい女だ」とも思った。そして、かの女のこのロマン性によればこそ、随分|億劫《おっくう》な世界一周も一緒にやり通し、だんだん人生に残り惜しいものも無くなったような経験も見聞も重ねて、今はどっちへ行ってもよいような身軽な気持だ。それに較《くら》べて、いつまでも処女性を持ち、いつになっても感情のまま驀地《まっしぐら》に行くかの女の姿を見ると、何となく人生の水先案内のようにも感じられた。そこでまた柳の根方に片足かけ、やおら二本目の煙草《たばこ》を喫《す》ってから、見残した芝居の幕のあとを見届ける気持で、半町ほど距《へだた》った人混の中のかの女を追った。
 銀座の西側に較《くら》べて東側の歩道は、東京の下町の匂《にお》いが強かった。柳の青い幹に電灯の導線をく
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