笑いを歯で噛《か》んでいった。
「また、羽織を曲げて着てますね。だらしのない」
これがかの女に対する肉親の情の示し方だった。
むす子はかの女と連れ立って歩くときに、ときどき焦《じ》れて「遅いなあ、僕先へ行きますよ」と、とっとと歩いて行く。そして十間ばかり先で佇《たたず》んで知らん顔で待ち受けていた。
むす子は稍々《やや》内足で学生靴を逞《たくま》しくペーヴメントに擦《こす》り叩《たた》きながら、とっとと足ののろい母親を置いて行く。ラッパズボンの後襞《うしろひだ》が小憎らしい。それは内股から外股へ踏み運ぶ脚につれて、互い違いに太いズボン口へ向けて削《そ》ぎ下った。
「薄情、馬鹿、生意気、恩知らず――」
こんな悪たれを胸の中に沸き立たせながら、小走りになってむす子を追いかけて行くとき、かの女の焦《いら》だたしくも不思議に嬉《うれ》しい気持。
今一二間先に行く青年の足は、それほどの速さではないが、やはりかの女がときどき小走りを加えて歩かなければ、すぐ距離は延びそうだった。そして小走りの速度がむす子を追うときのピッチと同じほどになると、不思議にむす子を追うときの焦々した嬉しさがこみ上
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