から見下ろせる。浪のように起伏する灯の粒々《つぶつぶ》やネオンの瞬きは、いま揺り覚まされた眼のように新鮮で活気を帯びている。かの女は都会人らしい昂奮《こうふん》を覚えて、乗りものを騎馬かなぞのように鞭《むちう》って早く賑《にぎ》やかな街へ進めたい肉体的の衝動に駆られたが、またも、むす子と離れている自分を想《おも》い出すと、急に萎《しお》れ返り、晴々しい気持の昂揚《こうよう》なぞ、とても長くは続かなかった。
 バスはMの学生地区にさしかかった。五六人の学生が乗り込んだ。帽子の徽章《きしょう》をみると、かの女のむす子が入っていた学校の生徒たちである。なつかしいと思うよりも、困ったものが眼の前に現われたといううろたえた気持の方が、かの女の先に立った。年頃に多少の違いはあろうが、むす子の中学時代を彷彿《ほうふつ》させる長い廂《ひさし》の制帽や、太いスボンの制服のいでたちだけでも、かの女の露っぽくふるえている瞼《まぶた》には、すでに毒だった。かの女は顎《あご》を寒そうに外套《がいとう》の襟の中へ埋めた。塩辛《しおから》い唾《つば》を咽喉《のど》へそっと呑《の》み下した。
 かの女のむす子はM地区
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