前のフランス語に、やや通用出来る英語を混えて、かの女と直接話すようになった。娘は相当知識的で、かの女に日本の女性の事を訊くにつけても、「ゲイシャ、それからヨシハラ、そんなもの以外にちゃんとした女がたくさんあるんでしょう」といったり、「日本の女は形式的には男から冷淡にされるけれども、内容的にはたいへん愛されるんだそうですね」といったりした。
娘は「猫のお湯屋」の絵草紙を見たことがあって、「あれがもし、日本の女たちの入る風呂の習慣としたら、同性たちと一緒に話したり慰め合ったりしながら湯に入れて、こんな便利な風呂の入り方はない」と羨《うらや》ましそうにいった。
時計は午前二時を過ぎた。攪《か》き廻《まわ》されて濃くなった部屋の空気は、サフランの花を踏み躙《にじ》ったような一種の甘い妖《あや》しい匂いに充《み》ち、肉体を気だるくさす代りに精神をしばしば不安に突き抜くほど鋭く閃《ひらめ》かせた。人と人との言葉は警句ばかりとなり、それも談話としてはほんの形式だけで、意味は身振りや表情でとっくの先に通じてしまう。廻転《かいてん》ドアの客の出入りも少くなり、その代り、詰めに詰め込んだという座席の客
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