》を独り言のようにいってのけた。
むす子が面と向ってこういう真実の述懐を吐くとき、かの女には却ってむす子から、形の上の子供子供した点だけが強く印象づけられた。
「そんなに、おかあさんの方ばかり気にしないで、ご自分が幸福《しあわせ》になるよう、しっかりなさいよ。ほんとうですよ」
こういって、はじめてかの女は母親の位を取り戻した。
ギャルソンがスープを運んで来た。星がうるんで見える初夏の夕空のような浅い浅黄色の汁の上へギャルソンはパラパラと焦したパン片を匙《さじ》で撒《ま》いて行った。
「香ばしくておいしい。掻餅《かきもち》のようね」とかの女はいった。
むす子はかの女の喰《た》べ方を監督しながら自分も喰べていった。
「パパ、今晩は、トレ・コンタンでしょう。支那めしが喰べられて」
「久し振りに日本の方と会って大いに談じてますよ」
「パパもいいが独逸《ドイツ》の話だけはして呉《く》れないといいなあ、ベルリンのことを平気でペルリン、ペルリンというんだもの、傍で気がさしちまう」
「おなかじゃベルリンと承知してて、あれ口先だけの癖よ」
母子は逸作への愛に盛り上って愉快に笑った。
かの女と
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