せをすると、むす子は一ぱしの分別盛りの男のように、熟考して簡潔に返事を与えた。老紳士は易々として退いて行った。その間かの女は、むす子がふだんこういう人と交際《つきあ》うならお小遣が足りなくはあるまいか、詰めた生活をして恥を掻《か》くようなことはあるまいか、胸の中でむす子が貰う学資金の使い分けを見積りしていた。しかし、それよりも、むす子に向って次の靠れ壁から声をかけた一人の若い娘に考えは捉《とら》えられた。その娘は病気らしく、美しい顔が萎《しな》びていて僅《わず》かに片笑いだけした。
「ジュジュウ! 病気悪いか」
娘はまた片笑いしただけだったが、かの女は、むす子がその娘に対する挨拶《あいさつ》に、ただの男らしい同情だけ響くのを敏く聞き取って、その女は遊び女に違いないにしろ、もっとむす子は優しく云ってやればいいのに、と思った。
「イチロ。空いたところがある」
鳶色《とびいろ》の髪をフランス刈りにしたマネージャーが、人を突きのけるようにして、かの女等親子を導いて、いま食卓の卓布の上からギャルソンが、しきりにパン屑《くず》をはたき落している大テーブルへ連れて行った。そこでマネージャーは無言
前へ
次へ
全171ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング