共に、時代の運に乗せられて、多少、知名の紳士淑女の仲間入りをしている。そして、自身|嘗《な》めた経験からみたそういう世の中というものに、親身《しんみ》のむす子をあてはめるため、叱《しか》ったり、気苦労さすのは引合わないような気がする。
「では、なぜ?」とかの女はその夫人には明さなかったむす子を巴里《パリ》へ留学させて置く気持の真実を久し振りに、自問自答してみた。まえにはいろいろと、その理由が立派な趣意書のように、心に泛《うか》んだものだが、もうそんな理屈臭いことは考えたくなかった。かの女は悩ましそうに、帽子の鍔《つば》の反りを直して、吐き出すように自分に云った。
「つまりむす子も親もあの都会に取り憑《つか》れているのだ」
 やっと、逸作が玄関から出てきた。画描きらしく、眼を細めて空の色調を眺め取りながら、
「見ろ、夕月。いい宵だな」
といって、かの女を急《せ》き立てるように、先へ潜《くぐ》り門を出た。


 かの女と逸作は、バスに乗った。以前からかの女は、ずっと外出に自動車を用いつけていたのだが、洋行後は時々バスに乗るようになった。窓から比較的ゆっくり街の門並の景色も見渡して行けるし、
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