取らせた。老紳士は世間的には逸作の方に馴染《なじ》みは深かったが、しかし、職務上からは、はじめて遇《あ》ったかの女の方にかねがね関心を持っていたらしい。それで逸作と暫《しばら》く世間話をしながらも、機会を待つもののようだったが、やがて、さも興味を探るように、かの女をつくづくと見詰めていった。
「不思議ですよ。おくさんは。お若くて、まるでモダン・ガールのようだのに大乗哲学者だなんて……」
 かの女は、よく、こういう意味の言葉を他人から聞かされつけている。それで、またかと思いながら、しかし、この識者を通してなら、一般の不審に向っても答える張合いがあるといった気持で、やや公式に微笑《ほほえ》みながらいった。
「大乗哲学をやってますから、私、若いのじゃごさいませんかしら。大乗哲学そのものが、健康ですし、自由ですし」
 すると老紳士は、幼年生に巧みにいい返された先生といった快笑を顔中に漲《みなぎ》らせて、頭を掻《か》いた。「やあ、これは、参った」
 けれども、かの女は冗談にされてはたまらないと思い、まじめな返事をした自分の不明を今更後悔する沈黙で、少し情ない気持を押えていると、さすがに老紳士は気
前へ 次へ
全171ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング