つむ》って頭を軽く振っているのは、出そうになる涙を強情に振り戻しているのではあるまいか、それとも脳貧血を起しかけて眩暈《めまい》でもするのではあるまいか。父はあまりによき父になり過ぎた。
「パパ。少し翻訳を代りましょうか。休んで下さい」
 すると、逸作は珍しく瞳《ひとみ》の焦点をかの女の瞳に熱く見合せて云った。
「僕が満足するまでやらせろ」


 かの女と逸作は、星ヶ岡の茶寮を出て、K・S氏夫妻と共に、今日で終りの展覧会場へ寄ってみようと、ぶらぶら虎の門まで歩いて来た。春もやや準備が出来たといった工合《ぐあい》に、和やかなものが、晴れた空にも、建物を包む丘の茂みにも含みかけていた。
 かの女と逸作の友人の実業家が招いて呉《く》れたK・S氏夫妻の招待は、茶寮の農家の間が場席だった。煤《すす》けた梁《はり》や柱に黒光りがするくらい年代のある田舎家の座敷を、そっくりそのまま持ち込まれた茶座敷には、囲炉裏《いろり》もあり、行灯《あんどん》もあった。西洋人に日本の郷土色を知せるには便利だろうという実業家の心尽しだった。稚子髷《ちごまげ》に振り袖《そで》の少女の給仕が配膳《はいぜん》を運んで来た。
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