持にさせてやりたい薄霧のような熱情が、かの女の身内から湧《わ》きあがった。

 ……かの女は無言で規矩男の手を…………ただそれだけであったけれど……。

 かの女は唐突として規矩男から逃げ、武蔵野のとある往還へ出るまでのかの女は、ほとんど真しぐらに馳けた。その間雑木林の下道のゆるやかな坂を曲り、竹煮草《たけにぐさ》の森のような茂みの傍を通り、仄白い野菊の一ぱい咲いている野原の一片が眼に残り、やがて薄荷草《はっかそう》がくんくん匂って里近くなってきた往還で、かの女はタクシーを拾って、東京の山の手の自宅へ帰って来た。かの女の顔色は女中に見咎《みとが》められる程真青だった。かの女は自分の部屋へ入って半病人のように机の前に坐《すわ》ると「もう逢《あ》わない。もう逢わない」こう独言を云ってから規矩男に簡単な絶交状めいた手紙を書いた。
 その夜、かの女は晩《おそ》く、こんなことを話し合える夫と妻とについて内心不思議がりながら、逸作に規矩男と自分との経過のあらましを話した。
「はははは……。そんなことだったのか、そうかははは……。だけどお蔭で君の一郎熱が近頃余程緩和されてたね。なあに規矩男君にも時々
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