彫りがしてあり、古代ギリシヤ型の簡素な時計が一個、書籍を山積した大デスクの上壁に、ボタンで留めたようにペッタリと掛っている。その他に装飾らしい何物もない。その室内で非常に目立つ一つのものは、ちょっと見ては何処の国の型かも判らない大型で彫刻のこんだ寝椅子《ねいす》が室の一隅に長々と横はり、その傍の壁を切ったような通路から稍々《やや》薄暗い畳敷きの日本室があり、あっさりと野菊の花を活《い》けた小さな床があった。
西洋室の二方にはライブラリ型の棚があり、其処には和洋雑多な書籍が詰っていた。だが、机の上の山積の書物にも書架の書物にも、紗《しゃ》のような薄い布が掛けてあって、書物の題名は殆《ほとん》ど読み分けられなかった。かの女がやや無遠慮にその布を捲《まく》ろうとすると、規矩男は手を振って「今日は書物なんかにかかわり度《た》くはないですよ」と止めた。
「だけどあなたは随分読書家なんでしょう」
「まあね」
規矩男はにやにや笑って、
「それだけに堪《たま》らなく嫌になって、幾日も密閉して、書物の面見るのも嫌になるんですよ。今はその時期です」
「人間にもそんなんじゃない」
「まあそんな傾向がない
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