《やぶがら》しの蔦《つた》が葡《は》い廻っていた。
規矩男は小戻りして、かの女から預っているパラソルで残忍に草の蔓《つる》を薙《な》ぎ破り、ぐんぐん先へ進んだ。かの女はあとを通って行った。
雑木林の傾斜面を削り取って、近頃|拓《ひら》いたらしい赤土の道が前方に展開された。午後三時頃と覚える薄日が急にさして、あたりを真鍮色《しんちゅういろ》に明るくさせ、それが二人をどこの山路を踏み行くか判らないような縹緲《ひょうびょう》とした気持にさせた。
「まあこんなところがあるの」かの女は閃《ひらめ》く感覚を「猫の瞳《ひとみ》」だの「甘苦い光の澱《よど》み」だのと手早くノートしていると、規矩男は浮き浮きした声で云った。
「何? インスピレーション採っているの? 歌のですか」
「ふふふふ、歌のよ」
かの女はこのプラスフォーアを着たナポレオン型の美青年と歌の話をするのもどうかと無関心な顔をして、今日の規矩男の気勢を避けるため、さっきから持ち出していた小ノートに尚《なお》自分勝手な目前の印象を書き続けて行った。
「僕はあなたの歌を一昨夜母から見せられましたよ」
「あなたお母さんに私の事話しましたか」
前へ
次へ
全171ページ中111ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング