うも自分でも今日は気分の調子が取りにくい気がします」規矩男は駄々児《だだっこ》のように頭を振った。
「むす子に女性が出来てるかどうかまだ知らないけれど、私むす子の好きそうな女性を道ででも何処ででも見つけるとみんな欲しくなっちまうの。だけどそのなかに女特有の媒介性が混っているんじゃないかと思って、時々いやあな[#「いやあな」に傍点]気もするのよ」
 かの女はむす子ばかりにこだわってるようで規矩男に少し気の毒になり、わざと終りを卑下して云った。
 畑のなりもので見えなかったが、近寄ると新しく掘った用水があって、欄干《らんかん》のない橋がかかっていた。水はきれいで薄曇りの空を逆に映して居り、堀の縁には桜の若木が並木に植付けてあって、青年団の名で注意書きの高札が立っていた。
「みんな几帳面《きちょうめん》だなあ」規矩男は女性の問題はもう振り落したように独言を云った。
 水を見て、桜木の並木を見て、高札を読んで、空を仰いでから、ちょっと後のかの女を振り返って、規矩男は更に導くように右手の叢《くさむら》の間の小径《こみち》へ入った。そこにはかの女が随《つ》いて行くのを躊躇《ちゅうちょ》した位、藪枯
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