を破って見せるわ。止めないで頂戴、機械を操《あや》つるのに暴力は不必要です。女性にだって綿密な注意と沈着な態度があります。英国のような女性の過剰な国にあっては、地球をめぐって日の没せざる大英帝国を護るに女軍の補助、否第一線に立つ必要を痛感します。ママは外国の此の恐ろしい戦闘準備を見ないから呑気《のんき》で居られるわ。近頃の疑雲のただよう欧洲に於いて私共は今直ちに非常時訓練をして居なければ駄目だと思うの、ママよく考えて置いてね。
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ロンドンの母親スルイヤは巴里に居る娘の許《もと》へ手紙を寄こした。余程心痛したと見えて取り急いで書いたらしく字も乱れていた。
六月十日(ロンドンより)
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アグネス! ママは先《ま》ず第一にあなたの旅先からの手紙をどんなに重大に読み続けて居るかを言わねばなりません。始めて自分の娘を一人旅に送り出したママは旅先きで娘がどんな刺戟や感銘を受けるかをハラハラ身もやせる程案じて居ります。でも聡明なあなたはキット立派な判断力に依って物事の核心を掴んで帰って来ると信じて気を静めて居ます。一見したのを直ぐ其の儘《まま》受け取らないで、再三再四繰返えし考え、横からも縦からも噛みしめて本当の事実を本然の姿を突き留めて来て下さい。そうでないとママとあなたは他人のようになってしまうとも知れません。あなたの熟慮の後の決心を正当と認めた私は喜んで賛成します。だから隠さないで打ちあけて下さい。巴里は何処《どこ》でも飲み水が悪いそうです、殊に夏は。充分気をつけて下さい。(ママより)
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六月十三日 第三信(モントリシヤにて)
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ママ、私達は今日イボギンヌの叔父夫婦の居るモントリシヤと言う所へやって来たの。巴里から西南へ三時間程汽車に乗って行くとロアール河の都ツール市へ着きます、其処《そこ》から汽車を乗り換えて二十分|許《ばか》りで此のモントリシヤへ到着します。此所《ここ》はフランスで一番古い町だと言われフランス語の発生地だそうです。だから農夫達の話すのでもとても正確な発音なので私の今度の旅行の重大な目的である会話の上達に役立つわ。可笑《おか》しな事には馬とも話しが出来るの。フランスの馬は皆、馬教練所の卒業生ですって、|進め《アレ》、|止れ《アレデ》、右、左、散歩《プロムナード
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