や》した。卒業する年には持って生れた統帥《とうすい》力は全校八百の総指揮を鮮やかにやってのけて顧問の現役陸軍士官に賞讃された程だった。卒業後もアグネスは何か陸軍に関係した勇ましい仕事を見付けたいと望んで居た。友達が銀行、会社、デパート、料理店などへ会計や売子監督に就職したのに彼女ばかりは其の気になれなかった。●
三月の或日、一新聞紙上にクロイドン陸軍飛行場で英国婦人にも飛行機の操縦法を練習させると言う記事が載って居た。余り富裕でないアグネスは英国婦人飛行協会員にはなれなかったので此の募集に自分の将来への活路を見出したように喜んでしまった。全英女子の渇仰の的《まと》、アーミー・ジョンソンのように、女でありながら英国陸軍士官に列せられる光栄を夢見て早速母親の許可を懇願した。娘の性格や傾向に深い理解を持つ母親のスルイヤは流石《さすが》に真正面から反対はしなかったが、全宇宙に唯一人の頼りにする者、そして自己の延長である娘を危険な仕事につかせる事は堪えられないように感じた。まして自分の夫を奪った戦場闘士の一員にすることなぞ………。スルイヤは娘が、一たん云い出した希望に向っていらいらして居る有様を見てすっかり途方にくれて仕舞った。
或晩、それは欧洲の気候の内、一番よい五月の末頃、アグネスの入会して居る欧洲ハイキング・クラブの会員である巴里《パリ》のイボギンヌから誘い状が届いた。其の内容は――ロンドンのアグネスが巴里のイボギンヌの所へ来て一緒になってフランスを旅行し、次いで此の二人が、兼ねてイボギンヌが打ち合せてあるベルリンのジャネットを訪問し、三人してドイツを旅行し最後にアグネスはイボギンヌとジャネットを伴ってロンドンへ帰り、暫らくアグネスの家に滞在して其れから三人してイギリスを旅行、最後にアグネスに別れてイボギンヌがジャネットを連れて巴里へ帰って行くという計劃なのである。名刺型のイボギンヌの写真まで同封してあった。
此のハイキング・クラブは英仏伊独等の青年男女を会員とする国際的クラブで、本部がロンドンに在り、各国の主都に支部があって、本部から毎月会員の消息や感想や注意を集めて月刊雑誌に載せ、各会員に配布して居る。其の会員は会報で知った外国の未知の会員同志交渉をつけて、夏期など一緒に落ち合ってお互いに自国の案内やら自国語を教え合い意見を交換すると言うのである。アグネスも此
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