るほど無抵抗な美しさ、そして、どこか都慣れたところがあった。新吉はてっきりリサの送った娘と見て取った。そして夫人となれ合いの芝居ではないかと警戒し始めたが、夫人はどうしても娘に始めて逢った様子である。そして好奇心で夢中になっている。
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――おまえさん、今日のお小遣いいくら持ってなさる。」
――八十フランばかり。」
――おまえさん恰好の娘さんの一人歩きには丁度いゝ額《たか》だね。」
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夫人は分別くさい腕組みをして娘を見下ろした。新吉は夫人に気取られる前に先手に出て娘に言った。
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――もしよかったら僕達と今日一緒に遊んで歩かないか。勿論費用は全部こっち持ちだよ。」
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娘が下を向いて考えてる間に夫人は新吉に奥底のある眼まぜをして見せた。新吉は度胸を極《き》めて、それに動ぜぬ風をした。
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――奥さん僕は此の娘を連れて歩きますよ。あなたと二人では、ひょっと喧嘩でも始めるといけませんからね。」
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新吉の日本人らしい決定的な強さに圧された。その上夫人は娘の前で気前を見せる虚栄心も手伝って案外あっさり承知した。新吉は夫人のしつこさに復讐したような小気味よさを感じたが、年若な娘の放散する艶々《つやつや》しい肉体の張りに夫人の魅力が見る/\皺まれて行くのも気の毒だった。
タクシーでオペラの辻まで乗りつけて、そこからイタリー街へ寄った、とあるキャフェで軽い昼食を摂りながら娘に都大路の祭りの賑《にぎわ》いを見せていると、新吉はいろ/\のことが眼の前の情景にもつれて頭に湧いた。あのトロカデロの坂道の崖の下あたりにリサが潜んでいて娘に自分達の後を追わせたのではなかろうか。それにしても、よくもこう注文にふさわしい娘を探し出したものだ。娘はどういう風《ふう》にリサから話し込まれたか知らないが、芝居をしているとも見えぬ程の自然さでこの芝居をこなしている。芝居をしながら、ちっとも本質を覆《おお》わない身についている技巧はまったくフランス娘の代表とも思われるほど本能の味わいを持って居る。娘はフォークの尖にソーセージの一片と少しのシュークルートの酢漬けの刻《きざ》みキャベツをつっかけて口に運びなが
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