泛べた。がっちりした彼女の顔立ちにそれがよく似合った。当時彼女はあるキャフェで新吉からカテリイヌに対する悩みを聴いたとき新吉の鼻をつまんで言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――そんな恋はありきたりよ。愛なんかちっとも無い二人同志の間に技巧で恋を生んで行くのが新しい時代の恋愛よ。」
[#ここで字下げ終わり]
彼女が裸に矢飛白《やがすり》の金泥を塗って、ラパン・ア・ジルの酒場で踊り狂ったのは新吉の逢った二回目の巴里祭《キャトールズ・ジュイエ》の夜であった。彼女は其の後だん/\奇嬌[#「嬌」に「ママ」の注記]な態度を剥いで持ち前の母性的の素質を現して来たが、折角同棲した若いフェルナンドに死なれてから男に対して全く憐れみ一方の女となった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――君もあの時分は元気だったなあ。」
[#ここで字下げ終わり]
そう言うと流石《さすが》に彼女も悵然《ちょうぜん》としたらしい様子のまゝしばらく黙った。二人は並木のシャン・ゼリゼーまで出たが闇一筋の道の両はずれに一方はコンコールドの広場に電飾を浴びて水晶の花さしのように光っている噴水を眺め、首を廻らして凱旋門通りの鱗《うろこ》のように立ち重なる宵《よい》の人出を見ると軽い調子になって彼女は言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――無理のようだがそうすると、あんた決めておしまいなさいね。きっと結果がいゝから。そしたらあたしその娘を巴里祭の日に、まったく自然のようにあなたに遇わせてあげますから。あなたは只その日お祭りを楽しむ町の青年になって、朝自分の家を出なさるだけでいゝのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
そこでステッキと手袋を新吉に押しつけるとリサは簡単に、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ボン、ソワール。」
[#ここで字下げ終わり]
と行きかけた。新吉が、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ちょいと待って呉れ給え。国元の妻のことに就いてすこし話したいんだが。」
[#ここで字下げ終わり]
とあわてゝ言うと、リサは逞ましい腕を闇の中に振って指先を鳴らした。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――もう、あんたのことはみんなその娘に譲りましたよ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは男のように体を振り乍《な
前へ
次へ
全37ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング