て、其処をわずかにのぞく空の雲行を眺めながらも唄う。幾つものアパルトマンの窓から、女や男や子供がのぞく、覗かないで窓の中でしん[#「しん」に傍点]と仕事をしながら聴いていて手だけ窓から出し、小銭を投げてやる者もある。別に好い声という訳ではない。むしろ灰汁《あく》のある癖の多い声が向く、それに哀愁もいくらか交る。そしてもしその唄が時の巴里の物足りなく思っている感情の欠陥へこつり[#「こつり」に傍点]と嵌まり込めばたちまち巴里じゅうの口から口へ移されて三日目の晩にはもうアンピールあたりの一流の俗謡の唄い手がいろいろな替唄までこしらえて唄い流行《はや》らしてくれるし譜本は飛ぶように売れ始まる。
 スウ・レ・トアド・パリの唄から“C'est pour《プル》 mon《モン》 papa《パパ》”の唄へ――巴里の感情は最近これらのはやり唄の推移によってスイートソロから陽気な揶揄の諧調へ弾み上ったことが証拠立てられた。このとき他の国の財政の慌てふためきをよそにフランスへは億に次ぐ億の金塊がぐんぐん流れ込んでいた。
 だが、やがてこの国にも不況が来た。冬を感ずるのは一番先に小鳥であるように、巴里の不景
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