戸惑《とまど》ってはいけない。いっそやるなら、ここまで踏み入《い》ることです。おまえは、うちの家族のことを芸術の挺身隊《ていしんたい》と言ったが、今こそ首肯《しゅこう》する。
私は、巴里《パリ》から帰って来ておまえのことを話して呉《く》れる人|毎《ごと》に必ず訊《き》く、
「タローは、少しは大きくなりましたか。」
すると、みんな答えて呉れる。
「どうして、立派な一人前の方です。」
ほんとうにそうか、ほんとうにそうなのか。
私が訊いたのは何も背丈《せた》けのことばかりではない。西洋人に伍《ご》して角逐《かくちく》出来る体力や気魄《きはく》に就《つい》て探りを入れたのである。
「むすこは巴里の花形画家で、おやじゃ野原のへぼ絵描《えか》き……」
こんな鼻唄《はなうた》をうたいながら、お父様はこの頃、何を思ったかおまえの美術学校時代の壊《こわ》れた絵の具箱を肩に担《かつ》いでときどき晴れた野原へ写生に出かける。黙ってはいられるが、おまえの懐《なつ》かしさに堪《た》えられないからであろう。
底本:「愛よ、愛」メタローグ
1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:
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